十歳のきみへ FREE

2018年01月15日 10時00分

「十歳のきみへ――九十五歳のわたしから」日野原重明:著(冨山房インターナショナル)

 著者の日野原さんは、2017年7月に惜しまれつつお亡くなりになりました。本書は、日野原さんが95歳になる年に書かれたエッセイで、2006年に刊行されています。本書の一部は、東京書籍の小学校国語教科書にも収録されているそうです。2017年7月には、72刷となっていますので、本書の人気ぶりがわかります。
 ではなぜ、十歳なのでしょうか。その答えは、本書の「はじめに」の前に位置づけられている、日野原さんの自伝的な詩にありました。5ページにわたって綴られているこの詩の一部(冒頭と最後の部分)をご紹介しましょう。

ぼくが十歳だった時のこと

ぼくの十歳の春
みんなが四年生に進級した時
ぼくは急性腎炎にかかって学校を休んだ
動くと悪いといわれたので
ぼくはまじめに仰向けに寝てばかりいた
(中略)
今 十歳になったきみたちに
ぼくは言いたい
ぼくにもきみたちのような十代があったことを
そしてぼくが今年十月 九十五歳になれそうなのは
ぼくがみんなから支えられてきたためだということを

ぼくは
安永先生のようなお医者さんになれたかしら
もしそうだとすれば
天国にいるお母さんやおばあちゃんが
きっと喜んでくれると思う
年配の人から若者へ言葉を発しようとすると、どうしても受け取る側には、説教風に聞こえてしまいがちです。言葉に思いや説得力を持たせようとすればするほど、そうなってしまう皮肉な側面がある上に、話している側はそれに無自覚だったりします。
 日野原さんは、おそらくそういう面に自覚的だったのでしょう。本書では、ご自身が十歳の時に生死をさまよう病気をしたことを最初に掲げ、その病気がその後の人生にどう影響したか、その経験が十歳であったことにどういう意味があったかということを書いています。十歳である必然性があるため、まったく説教臭くないのです。

 「説教臭くない」ということの実例を紹介しましょう。たとえば、以下の部分。日野原さんが小さい頃に病気をして、学校に行けず、最悪な気分で過ごしていた毎日の気分を紹介した上で、次のように書いていました。

 人生において最悪の体験だと思っていたものが、じつは、わたしが人の心を察することの出来る医師になるために必要なレッスンだったのだと、いまは心から感謝しています。
 人生というのは、こんな思いがけないかたちで、その人にとってのだいじなレッスンを用意しているのです。(中略)今日きみが失敗して、みんなに笑われてなみだをこぼした体験は、いつか友だちが失敗したときに、その気持ちをだれよりもわかってあげられるためのレッスンなのかもしれません。
最悪な体験や失敗も、「人生にとってたいせつなレッスン」と考えること。この考え方は、そのまま紹介されてもぴんときませんが、日野原さんの経験と関連して説明されることで、俄然説得力が出てきます。
 本書では、こんな感じで、人間について、寿命について、家族について、平和について、平易な言葉で語られています。表記面でも、なるべく漢字の使用は抑え、難しそうな漢字にはふりがなをつけるなどの配慮もありました。子供に自力で読んで欲しいという願いが伝わってきます。

 失敗や挫折との向き合い方がなかなか難しくなっている昨今、人生の経験が豊富な年輩者の言葉には、そのヒントがあるはずです。日野原さんの言葉はもちろん、これをきっかけに、身近な年輩者との交流ができるようになればいいなと思います。

冨山房ごあいさつ

 本書には、版元である「冨山房インターナショナル」の発刊の辞を記した小さなパンフレットが入っていました。(左の写真をご参照下さい)
 出版を通じて文化に寄与したいという、熱い思いが伝わってくる文章です。本書を手に取る機会がありましたら、ぜひこちらのパンフレットにも目を通していただければと思いました。

お役立ちポイント:★★★☆☆
※このポイントは、学校教育との直接の関わり度合いを示しています。本の善し悪しを示しているものではありません。

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